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6月4日

仕事にかこつけて会いたい人に会いに行ったり、見たいものを見に行ったり。は、すでに先週のこと。光陰矢のごとしとは、まさしく。

会いたかった人Sさんは、とてもチャーミングな人だった。お菓子の形から世界の成り立ちまで、あらゆることに「おもしろい!」と目を輝かせ、そのなにがおもしろいのかをたぐり寄せ、自分なりのおもしろさに翻訳しようとする。そのプロセスを傍で見ているだけでもワクワクが伝わってくる。こんな人になりたいと、この術を学びたいと思ったし、おもしろがることもできないのなら美術(館)なんて社会に要らないのだ、きっと。

久しぶりに会いたかったKさんは、気仙沼帰りだった。ほぼ3ヶ月経ってもなんら変わっていない惨状、それどころか時を経るごと新たなストレスが代わる代わるに押し付けられる状況を目の当たりにして、心なしか面持ちも沈痛。「しょせん部外者の俺たちになにができるんだろうね」「俺たちの子どもや孫の世代にいったいどんな世界を手向けてやることができるんだろうね」と語り合いながら、しかし笑いは忘れず、「できることはあるはずだ」と信じようとしていた。そのアンビバレントな反応こそが正直だと思うし、だからこそ「きっとなにかある」とぼくも信じている。

しかもKさんは、さらに中尊寺金色堂にも足を運んで来たらしく、あれは見ておくべきだと、つよく勧められる。今では決してつくれないであろうあんなにも荘厳で美しいものをつくってしまえるほど希望の力が必要だったあの時代に想いを馳せながら、ぼくらはまだまだ歩いていけるとグラスを傾けあい、宵も更けた。

いや、これはちょっとカッコよく誇張しすぎか。笑

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